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ハードボイルドな隠れオタクを目指しております。

お店でよくある質問 その2~お店の場所に秋葉原を選んだ理由 Part2~

こんにちは、ご機嫌いかがですか?

前回の更新に引き続きまして、『お店の場所に秋葉原を選んだ理由』の「Part2」としてお話ししていきたいと思います。

「Part1」では、秋葉原で働いていた父との思い出や高校生以降、頻繁に秋葉原に出入りしていたことをお話ししました。

サラリーマンや個人事業を辞め、バーを経営しようと決意した時にお店を出す場所について考えた結果、やはり自分には「秋葉原」しかないと思いました。
もちろん、現在住んでいる千葉市や実家のある市川市での出店も考えました。ですが、一時期短いあいだでしたが千葉市のバーに勤めたことがあり、そこでの経験から直感的に「このエリアは自分にとって住むためのエリアでバーを経営するような場所ではない」と思いました。
たしかに夜中の商売ですので、地元の通勤の便利さはとても魅力的だったのですが、どうしてもここで勝負する気にはならなかったのです。
「商売するなら都内がいい。」
かなり偏った考え方だったと思いますが、その点にこだわり考えてみた結果、自分が唯一「ホーム」だと思える都内、秋葉原で独立することしか考えられなくなりました。

もちろん「Part1」で書きましたように、ここで商売すればピンチになったとしてもきっと亡くなった父が護ってくれるんじゃないかというちょっと非現実的な理由もありました。
亡くなって10年以上も経つ父の影響も既にこの街にはあるはずもありません。父の人脈を頼ることも不可能な状況でした。
それはあくまで迷信的に近いものでした。
しかし、それでも私は秋葉原に賭けてみたい気持ちがありました。ここでダメなら私はきっとどこに行っても成功はしないだろうと思いました。

そんな不確かな根拠のもとに私は秋葉原での独立に向けてリサーチを開始しました。
ところが調べれば調べるほど秋葉原でオーセンティック・バーをやってはいけないという根拠ばかりが出てくるのです。
電気街はオフィス街でもあるのに、なぜこれまでオーセンティック・バーが無かったのか、、、答えは容易に想像できます。
やってもすぐに潰れるからなのでしょう。
そう。需要があるとはとても思えないのです。

これまで電気街は「夜の早い街」でした。
ビジネスマンや買い物客が多く、昼の人口は非常に多くてもお店の閉店や退勤時間が過ぎるとあっという間に街から人が居なくなってしまうのです。昔からそういうイメージがありました。
夜中に街を歩いてみるとほとんど人を見かけることはなく、まるでゴーストタウンのようでした。
言うまでもなく、バーの営業時間は深夜がメインとなります。夜の人口が極端に少なくなる電気街にオーセンティック・バーを出すことはあまり考えられないことでした。

また、秋葉原をよく利用する人たちの「価値観」というものも不安材料でした。オタクの街としても有名な電気街に通う人たちが、果たして1杯に高い付加価値を付けるオーセンティック・バーに価値を見出してくれるのかどうか、考えれば考えるほど悲観的にならざるをえませんでした。

まわりに意見を聞いてみたらほぼ全ての人が秋葉原の出店について反対しました。
「秋葉原でオーセンティック・バーなど成功できるわけがない。」
「なぜ、どうせ独立するならオーセンティック・バーの文化が根付いた街でやろうと思わないのか?」
母親や弟にも最初は猛反対されました。
そしてリサーチを重ねれば重ねるほど私は弱気になっていました。
「やはり秋葉原ではダメなのか・・・」と。
けれど、どうしても私は秋葉原でやってみたい、、、
その思いだけで、わずかでも希望がないのか、何かそういった反対意見をひっくり返すような根拠が見つからないか、しばらく探す日々が続きました。

そんな中、どう考えても秋葉原の出店について背中を押されているとしか思えないできごとが続きました。
それにより、最終的には人生を賭けたギャンブルを行うことになるわけです。

なんとまあ、まだまだ書ききれません^^;
申し訳ありませんが「Part3」に続かせていただきます。

夏コミ(C86)に参加します!

こんにちは、ご機嫌いかがですか?

久しぶりの「マスターのブログ」更新でございます。
最近とても忙しかったものでついついブログは後回しになってしまいました。誠に申し訳ございません。

本来なら順番ですと、「お店でよくある質問 その2~お店の場所に秋葉原を選んだ理由 Part2~」について書くところなのですが、今回はどうしても早めに告知したいことがございまして、先にこちらのブログを上げさせていただきました。

実は、またまたコミケのサークル参加の抽選に当選してしまいました。
これで昨年の夏と冬に続き3回連続の参戦になります^^

当店の同人サークル「マスターはBARにいる」は、コミックマーケット86で「日曜日(8月17日) 東地区 ”T”ブロック-08b」に配置されました。
「評論」エリアでございますが、島でありながらもお誕生席のカドという、絶好の位置でございます。

さて、そうなりますと過去2回に続き、「アキバ的カクテルブック 」の続編「Vol.3」の刊行をするのかということなんですが、今回は少し趣向を変えまして今までとは違ったタイトルの新刊を出すことに致しました。

新刊のタイトルは『アキバ的創作カクテルブック 』。

アキバ的創作カクテルブック

私がこれまでに作ってきた、アニメや漫画をモチーフにした創作カクテルを全て紹介した本になります。
全22種類の創作カクテルの紹介となり、B5版フルカラー,52ページにわたる過去最高のボリュームです。
おそらく当サークルの本では最も皆さまが読みたかった本ではないかと思います。

その本におきまして当店の隠れ名物メニューともいえる、アニメ『Tiger&Bunny』モチーフの創作カクテル全ての紹介や、アニメ『キルラキル』、漫画『Dr.DMAT』,『Smoking Gun』などをモチーフにした創作カクテルの紹介、そしてそれらのカクテルに対する私の思い入れやこだわりについて解説を書かせていただいております。
また、今回の新刊に合わせまして新作を用意しまして、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』モチーフより2種、アニメ『キルラキル』モチーフより1種プラス改良版1種、漫画『マギの贈り物』モチーフより1種を新たに加えております。

そして、今回も素敵な絵師さんが多数、力作を描いていただいております。
恒例のスペシャルゲスト絵師についてなのですが、なんと今回は『Dr.DMAT』の菊地昭夫先生、『Smoking Gun』の竹谷州史先生、『マギの贈り物』のよしづきくみち先生のお三方がそれぞれご自身の作品モチーフの創作カクテルについて原作者みずからイラストを描いてくださっています。これは初めてのことであり、創作カクテルブックならではの豪華企画となっております。イラストはこの本のために全て新作描きおろし、まさに“必見”です!

他の絵師さんにつきましても今回いろいろなご縁があり、たくさんの方々にご協力いただきました。タイバニなど、どれもキャラクターへの愛が感じられる力作ばかりであり、編集の最中に見ていてこちらの胸が熱くなるほどでした。全てが素晴らしい作品です!

Bar Sekireiは今年の9月で3周年を迎えますが、その区切りとこれまでの集大成としてこの本を作りました。
ですので、かなりの労力と気合を込めて作らせていただいたつもりです。
私にとりましてもカクテルへの情熱と作品への愛が詰まっております。

今まではそんなに告知に熱心だったわけでは正直ございませんでしたが、この本だけはご協力いただいた多くの方々のためにもぜひたくさんの人に手にとって読んでいただけたらと願っております。
皆さまのまわりの方々にも広めていただけたら幸いです。

さて、今回は本当に多くの人に読んでいただきたいので、コミケ当日は頑張って売り子させていただきます。
年齢的にコスプレとかトンデモナイと思い、過去に冗談で軽く1度だけしかやったことがなかったのですが、今回はそのコスを復活させてブースで働きたいと思います。
お恥ずかしながらタイバニの「鏑木村正」でブースに立ちたいと思いますので、どうぞ皆さま温かい目で見守ってくださいませ^^;

今回は300部会場の当サークルブースにて販売する予定です。
また、100部ほど同じ日にサークル参加されます、よしづきくみち先生のサークル『つちのこ準星群』(日曜日 東地区 ”マ”ブロック-20a)にて委託販売していただけることになりました。
さらに遠方のかた向けの通販用や書店用として今回も100部「COMIC ZIN」さまにて委託専売していただきます。
あとは50部ほどBar Sekireiでも販売する予定です。
価格は1部2,000円を予定しておりまして、やや高いので申し訳ないのですがそのぶん本当に死ぬほど頑張って作りましたので、ぜひいちどはご覧になっていただけたらと思います。

告知が長くなってすいませんでした。
それでは、当日コミケ会場でお待ちしております!

『ザ・グレンリベット テイスティングセミナー』追加開催決定!

6月15日(日)16時30分より、当店にて開催されますテイスティングイベント第2弾『ザ・グレンリベット テイスティングセミナー』ですが、おかげさまでご予約が定員に達しました。
誠にありがとうございました。

まだまだご参加希望の方がおりましたので、松村講師と相談させていただいた結果、急遽前日6月14日(土)の追加開催が決定致しました。
時間は15日と同じく16時30分からとなります。

イベントの詳細はこちらをご覧ください。

ご予約は先着順となっております。
このWebサイトのお問い合わせフォーム,Twitterへのリプライ,またはお電話(03-6206-8285)にてお願い致します。

追加開催はこれでラストとなります。
たいへんお得なセミナーですのでご検討中のお客さまはぜひお早めにご予約くださいませ。

お店でよくある質問 その2~お店の場所に秋葉原を選んだ理由 Part1~

こんにちは、ご機嫌いかがですか?

梅雨入りしましたね。
快適とはちょっと言い難い毎日が続くかもしれませんが、せめてお店の中だけは快適に過ごしていただけるよう工夫していきたいと思います。

さて、本日の私のブログは前回に引き続きましてお店でよく受けた質問について書いていきたいと思います。

今回は『お店の場所に秋葉原を選んだ理由』です。

秋葉原にこういったオーセンティック・バーができたことがよほど珍しいのか、やはりこの質問もたくさんのお客さまからお受けします。

秋葉原との「出会い」まで含めるとかなり長い話になってしまいます。
ですが、せっかくブログという形でしっかりと文章に残せるので全て書いてしまおうと思います。
なのでブログを分割して話していきたいと思います。
今回は「Part1」です。

私と秋葉原との繋がりはだいぶ昔にまで遡ります。
私は千葉県市川市の生まれで、今も千葉市に住んでいます。
千葉県外に住居を移したことはいちどもありません。
ですが私の父親が秋葉原に本社のある企業に勤めていたこともあり、幼い頃から父の休日出勤の時などによく秋葉原に連れて来られました。
父の会社の1階には昔、喫茶店がありまして、そこで飲食させてもらえるのが楽しみでしたね。
だから幼い私にとって秋葉原はけっこう「楽しい場所」と認識していました。
それからずっと何かあるたびに私は秋葉原に連れて行ってもらってたので、自然と「都内に出るなら秋葉原」という感覚が染みついていきました。電車で行くにしても「JR総武線」一本で行けるので秋葉原は私にとっていちばん身近な「東京」でした。

高校は都内にあったので3年間毎日秋葉原駅から山手線に乗り換えていました。
当時は音楽にのめりこんでいたので、レコードやCDを買いによく途中下車してたものです。
石丸電気の2号店やレコード館でよく買い物していました。
石丸電気は10%の金券を付けてくれたし、ポスターも必ず付けてくれるのでお気に入りのショップでした。
今ではカラオケの「パセラリゾーツAKIBAマルチエンターテインメント」とたしかカプセルホテルの「安心お宿 秋葉原店」になっていますよね。
若い頃の思い出のお店がなくなってしまったので少し寂しいです。

大学4年間も御茶ノ水駅乗り換えだったので秋葉原駅には頻繁に途中下車していました。
社会人になっても秋葉原駅はずっと通過駅だったので寄るのは相変わらず。
そのあいだに秋葉原はどんどん変わっていきました。
幼いころは怪しいジャンク屋とか半田ゴテのイメージだったのに、無線→パソコン→ゲーム→そしてアニメとメイドさんの街へ。。。
駅前もバスケットコートやスケートボード&ローラーブレード場になってた時期もありましたね。
秋葉原デパートで決して美味いとは言えないラーメン食べたり、アイスクリーム食べてたり(笑)。

秋葉原はどんどん変化していきましたが、不思議とその変化に付いていっている自分がいました。
ラジオや無線、オーディオに興味持ったり、パソコンやゲームに夢中になったり、そして今はメイドカフェ行ったり、アニメのブルーレイ買ったり(笑)。

秋葉原はいつも変化している街ですが、その根底にあるものは常に「マニアック」であることだと思っています。
自分の趣味もまるでこの街の変化に合わせるかのように変わっていき、結果私にとって秋葉原という街は「いつでも楽しさを与えてくれる場所」となっていました。

そして何よりも大きいのは自分の父親が働いていた街であるということです。
忘れものを届けに行ったり、お酒が飲めるようになったら一緒に飲みに行ったりもしました。
待ち合わせはいつも昭和通り口で、昔、昭和通り口改札を出てすぐ左横に「橘家」という焼き鳥屋さんがあって、よくそこに連れて行ってもらったものです。
そこは「一見さんお断り」のお店で、店主さんが知らないお客さんが来るとガラガラなのにそのまま入れずに返していたのには驚きました(笑)。
私は超常連の父親の息子ということで、随分とよくしていただきました。

父親は今から10年前に亡くなりました。
当時56歳、まだまだ現役で相変わらず秋葉原に通勤してもいましたので突然私たち家族はその見馴れた日常を失った気がしました。
「秋葉原に行けばいつでも父に会える」
しばらくは秋葉原駅を通過するたびにそんな気持ちになっていたものです。

父は恰幅がいい見栄えのせいか、よく酒豪と誤解されていました。
父もそれをあえて否定はせず、外では無理をして飲んでいたようですが、自宅とか家族での外食のときは飲んだ姿を見ることはほとんどありませんでした。
外では誤解されたままでしたので、お中元やお歳暮、海外旅行のお土産など、よく高級なお酒を貰っていましたが、自分では飲まないので挨拶に来た部下の方などに気前よくプレゼントしていました。

父が亡くなったあと、まだまだ処分しきれなかったお酒のボトルがたくさん見つかりました。
私はそれらのボトルを母から貰い受けました。
そしてお店を造ったときにそれらのボトルを「非売品」として棚に飾ることにしました。

棚を正面から見ていちばん左の上段、
そこに並んでいる古いボトルたちが私の父親が持っていたものです。

私のお店に神棚とかはありませんが、私にとってはそこが神棚のようなものであり、気持ち的に辛い時は時々その棚を眺めながら自分を励ましたりもしています。
父が見守っていてくれていることを信じながら。。。

あー、まだ「Part1」なのに長くなってしまいました(>_<)

「Part2」に続きます!